悲しみは雪のように

小学校3年のころからお世話になっていた理容店の先生が、昨日亡くなった。51歳だった。

先生にはほんとうに、感謝してもしきれない恩がある。散髪に足を向けるごとに悩みを聞いてもらっていたし、母子家庭下で育ってきた自分にとってほかにまともに相談に乗ってくれる大人の女性は彼女くらいのものだった。

病名宣告を受けた昨年から入退院を繰り返し、今年1月に五分刈りにしてもらったときには笑顔こそ見受けられたものの様態は芳しくはなかった。そしてそれが最後にやってもらった散髪だった。

今月中にはまた病院から戻ってくる…それがもう叶わないのが寂しい。もう彼女のふるうハサミで調髪してもらうこともなければ愚痴を聞いてもらうこともできない。なんとなく予感はあったから涙は出ない。けど、御線香を上げに行く予定があるのだけど、仏前でどうなるかはわからない。

俺がこんな状態で28を迎えた去年の9月ごろ。だいぶ参ってたのか「俺が(病気を)変わってやれればなぁ」なんて結構本気で口にしたら、すげぇ怒られたのを覚えてる。こうして死なれてみて改めて説教されてるかもって思うと、「生きなきゃいかん」と奮い立たなきゃいけない。

そういや、浜田省吾の大ファンだったから、店は自分が見てきた20年間常にハマショーに溢れていたなぁ。天国でも彼の曲を聴きながらホクホク顔であることを願いつつ、今日のエントリを締めたいと思います。

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