夜桜を観に行ってきた

コンテンツ制作に専念すめるため、Dreamweaverみたいなオーサリングソフトなしでサイト運用するCMSもどきのプログラムを組んでいる最中なのだが、疲れて投げ出したくなったのでカメラ片手に満開になった桜を拝みに行った。一人で。寂しーッ!
千秋公園 広場~彌高神社方面
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千秋公園 御隅櫓(おすみやぐら)から広場へ降りる階段
写真2
おまけ:近所陸橋からの夜景
場所がわかる奴は、コメにgoogleマップのアドレス提示を。(藁
写真3

心のゆとりとは何なのか?

世の中のスピードがどんどん早くなって、薄給のわりに仕事量だけはどんどん増えていって、ややこしい問題が次から次へと浮き彫りになるたび、増えるのはため息とストレスだけ。こんなよく聞いたり話したりするグチって、枚挙にいとまがない。
十数年来お世話になっている床屋の先生に、季節的に鬱陶しくなった髪をバッサリやってもらいながら、いつの間にかそんな話をしていた。
増えるため息とストレスはやがて人の暮らす世の中の歯車を少しずつ狂わせていくことは、日々の暗い話題やニュースとか、身の回りで感じる雰囲気で実感する。そうならないために…というか人として生きている!っていう本来の姿であるために心がけることって何だろうか。
原因が『余裕』とか『ゆとり』が無いってのはよく耳にするけれど、そもそも余裕やゆとりの本質って何を指してるのかってのが気になって、人生の先輩である先生に聞いていた。自分が一番心がけられてない、というか自覚できてない気がしたからだ。

「やっぱり、自身が充実している時間を感じることなんじゃない?」
(18年の付き合いのある床屋の先生より)

よくよく考えると至極当然なことだけれど、言われてガツンとくるものがあったね。こうした当然のことからすらも、遠ざかっていた自分がかなり恥ずかしい。

KORG DS-10に興味アリ

いつものように惰性でネットを徘徊をしてたらニンテンドーDSで”KORG DS-10“なるものが発売されることを知った。
このKORG DS-10、かつてKORGより発売されたMS-10というアナログシンセをモチーフに制作されたポータブルシーケンサーという位置づけのようだ。面白そうだねぇ。過去にゲームボーイを音源化するシーケンサーでnanoloopってのが出たけれど、それ以来のワクワク感がある。
ちなみに発売はamazon.co.jp限定とのこと。様子をみつつ、余裕があったら買ってみよう。

奈良のマスコット騒動にみる、市民と役所とデザイン

公式リリースから痛々しいまでの脚光と批判を浴び続ける、あのセンセーショナルなキモキャラについてふれたい。言わずと知れた奈良の平城遷都1300年祭の一事業として爆誕してしまった『せんとくん』についてである。
さて、昨日15日、公募から愛称が決定したとされ同事業協会から発表された『せんとくん』。
奈良県の荒井知事が

「大変いい名前。英語の『セイント』(聖)にもつながり、外国人にアピールできる」
(4月16日産経新聞 – Yahoo!JAPANニュース)

と少々こじつけ気味な賞賛をしているが、とにもかくにも、わかりやすい名称はいいことだ。相手に伝わりづらい名称を時間の犠牲のうえで考えてしまう僕は反省せねばなるまい。
いっぽう、キャラデザのほうは周知のとおり叩かれている。その叩かれザマ、四面楚歌の如し。ニュースを見る限りでも賛成派はお上だけな気さえしてくるほどだ。
ひこにゃん(滋賀県)やスギッチ(秋田県)といった”ゆるキャラ”はいうまでもなく批判の対象になることは少ない。また、まほろちゃん(佐賀県大和市(~2005年9月):現・佐賀市)に端を発する”萌えキャラ”も新しくどこかの市町村から登場するたび賛否が分かれるのだが、奈良のマスコットのように生まれたそのときその瞬間からここまで愛されないキャラも珍しい。明瞭簡潔にひとことで『気持ち悪い』では片付けられない何かを感じる。
自分なりに原因を探るべく、このキャラはどこからどう来たのかというのを『いったい誰がデザインし、どんな考えを持っているのか。』というのをちょっとググってみた。

籔内 佐斗司(やぶうち さとし、1953年5月13日 – )は日本の彫刻家である。大阪市出身。
東京芸術大学大学院教授。東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。
(4月16日現在 – ウィキペディア)

とある。平城遷都1300年祭公式サイトのプロフィールやら略歴を見ても、奈良にゆかりがある芸術家であることがうかがえる。出身は大阪だが、奈良に思い入れをもつ人物としてキャラクターをデザインする適性はおおいにあることが何となくわかった。
キャラデザインに対する考えは公式サイトのコンセプトを読んでいただきたい。いちいち読むのが面倒という人向けに、スーパー端折ると“古都の魅力伝達のために、現代と未来を結ぶような新しいキャラクターをつくりました。”ということだ。う~ん…
クライアントや市民をそこそこに納得させるコンセプト文章だが、批判にさらされたのちに籔内氏が自身のサイトに寄せていたコメントで何度か目にした気になる発言がある。
『アートワークには好き嫌いが出ても致し方ない』
『著作権収入の譲渡を含んだ図案の制作料としては、妥当な金額。』
という内容である。
(http://www.uwamuki.com/j/1300qanda.html ※今はなぜか消えているので、グーグル先生などからキャッシュソースを検索。)
何らかの作品が観衆に晒される以上、すべての人を引きつけるモノなど絶対に無いのは分別のつく人間なら誰だって承知している。しかし、マスコットキャラクターというものは狭義の芸術ではなく商業デザインだ。金の出入りに関する批評だっていかなる金額でも後付にやり玉になることで同情はするが、籔内氏のその言葉から費用に対する行動を代理店と籔内氏、クライアントである事業協会がきちんとコンセンサスを取って行っていたのかちょっと判らない。
協会側が市民に意見を募る場や是非を問うを場を積極的に設けたか、マスコットキャラの何たるかを代理店や籔内氏が十二分なリサーチをしたのか。前者は市民の反応やマスコミの報道を読む限り明かだし、後者も疑わしい。おそらくこういったグレーなところが、キャラがキモいということ以上に今回のデザインが愛されない理由なんだろうという結論に至った。
今では地元デザイナー団体が新しいキャラで仕切り直そうとしているらしく、関係商店街もその流れにのっているということだ。『せんとくん』との共存はもちろん考えた上で…とのことだが共生は難しいのではと思う。
少々仰々しい感じのエントリータイトルでダラダラ書き殴ってきたが、今後も動向を見守りたい。

Webデザイナーは四度死ぬ。

僕はWebデザイナーとして四度、死んだ。

1998年9月。
自前サイトのIAFIF-EXPRESS誕生から、もう10年になろうとしている。
高校3年生のとき、プロバイダ”BIGLOBE”のホームページスペースサービスを利用して公開したMIDI系の音楽サイトだ。
インターネットが普及し始めるかどうかという時代だったため、個人でWebサイトを立ち上げること自体希少であることを自覚していたフシもあり、当時はとてもはしゃいで取り組んでいた記憶がある。MIDIデータでゲーム音楽などの版権曲を耳コピしてその再現性を追求したり、よそ様の出来の良さに舌を巻いたりしていた。何もかも懐かしい思い出だ。
Webデザイナーとして社会人になり、そんな楽しいだけの空間から隔絶されたときを過ごし、ふと振り返ると、何かを創ることに楽しさを見いだすことが出来なくなっていた。それに気付いてまったく何の感慨も持たなくなっていた自分に驚いたのは昨年末の話だ。
冒頭で書いたとおり、僕はWebデザイナーとして四度の死を経験した。ここでいう死とはすなわち退職の意である。疲れ果てる、あるいは社内事情で退社せざるを得ない状況になったことはモノ創りを経済的にも精神的にも生きる糧にしてきた者としては死ぬことと同じだ。
そうして今はクリエイティブとはまったく無縁のバイトを2本抱えるだけのフリーターなのだが、有り余る時間に癒やされたのか、考える余裕というものに救われたのか創作意欲を取り戻しつつある。
ウェブサイト”IAFIF-EXPRESS“の再構成作業とそのコンテンツになりうるオリジナル曲も五線譜に落としたりしている。今は友人との共作予定の動画につける曲に自由な発想で挑んだりも。
これらの行動が、この先の自分に何かをもたらしてくれることを希望にしつつ、おおよそ3年ぶりくらいになる”日記・雑記・狂言”付け作業の再開をここに、こぢんまりと宣言する。